編集部・福田さんのブログネタに答えて、私の場合どうだったかを思い出しています。
日本では折々に親が子を援助するのは慣習化しているのかもしれません。
しかし結婚後となると、ありがたいけれど少々抵抗感も感じました。
うちの場合は、実家が遠いので年1,2度帰省していました。
そのたびに、交通費相当を援助してくれました。
私たちはごく普通のサラリーマン家庭でしたから、楽々とは言えないまでも援助無でも帰省は出来ました。
でも、お金はじゃまになるものではなし、実際助かりました。
さすがに40代、50代ともなると、「これはいけない。」と感じましたよ。
で、丁重に断りました。
でも、いつの間にか母はこっそり私の荷物の中に入れているんです。
こういうときは、帰ってから御礼の電話をしてちゃっかりありがたくいただきました。
最初に家を買ったとき、頭金で貯金を使い果たしました。
そのとき両方の両親がお祝い金を出してくれたので、このお金は当面何かがあったときにということで心強かったです。
またもし、夫が病気したり、今の社会のようにリストラとか、会社倒産とかがあったなら。
そういう場合は、「きっと親が助けてくれるだろう。」という甘えが心の底にありました。
幸いそういうことはありませんでしたが、今この歳になって、30代はずいぶん子供だったのだと恥じ入るばかりです。
今にして思えば、子を援助するというのは両親にとって、生きがいだったと思います。
でも、こちらから催促したり泣きついたりしたことは、絶対ありません。
こういうところは、私もプライド高かったんです。
経済的援助をしたくても事情があって経済的に援助できないご両親も、世の中には多いと思います。
でも、子の事を心配する気持ちは同じだと思います。
自分たちの暮らしは質素にしてでも、子の為なら惜しみなく援助してくれた両親。
今では両方の父親は亡くなり、母親が二人残りました。
これからは今までの分をしっかりお返ししなくてはと思っています。
経済的援助より、精神的支えとならなければと思っています。
両父親が亡くなったことで、自分たちのことを心配してくれる者がなくなったという寂しさが大きいです。
亡くなってみると、どれほど精神的な支えになっていたかよくわかりました。
生きているうちにもっと優しい言葉を掛けておくとよかったと悔やんでいます。

私は結婚した息子が居ますが、まだ結婚式以外では援助という援助はしたことありません。
孫でも出来たら、きっと喜んでお祝いしたりするのかなあと思っています。
そうそう、今朝のこちらの地方紙の団塊世代向けコラムで某FPさんが、孫が可愛いならやたら洋服やおもちゃなど買い与えず、将来の学費を保険で準備してあげたらと述べておられます。
私も子供の生活費の援助はノーだと思いますが、どうも保険は信頼できなくて
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